Baby 今夜だけ、たどり着きたい....松屋

イントロダクション

1ヶ月以上も更新を止めてしまっておりました。蜘蛛の巣を掃除しつつ、記します。更新を止めていたあいだにも、400アクセスあったみたいですが、、なんでだ?!顧客離反を防ぐために「はてなブログ」の運営の方々が朝夜、血眼になりながら適当にアクセスしているのだろうか。謎、である。

 

ある日

今年に入ってから、映画をあまり観ていない。2014年から本格的に始めた映画鑑賞も今年に入ってから上半期で鑑賞数16本という前年比25%という体たらくぶり。鬱屈とした気分から目を背ける「現実逃避」のために映画を観始めたのがはじまりなのに。なぜ観なくなったかというとDVDでの映画鑑賞に僕のゴミみたいな集中力では耐えられなくなってきたというのが1番大きい原因です。ぼくの家はテレビも無ければ、充実した音響設備もありません。よって、PCでの鑑賞を余儀なくされるのだけど、これがもう嫌がらせかと思うほど全然良さが伝わってこない気が迫りあがりまくってきやがるわけです。じゃあ設備整えれば?とも言われかねないですが、まあそれなら映画館ばかりで見ればよいという超パワープレイ解決策を思いつき、断行しており、もうここ1ヶ月は映画館に行き狂っています。なんかオススメありますか?僕が一番好きな映画と言われていま浮かんだのは、邦画では「トニー滝谷」、洋画では「クラッシュ」です。

 

ある日

最近、僕の読書量は過去最高レベルのペースを刻んでいます。僕の読書量には波があって、全く本が読めない時期と一転、読書中毒になる時期がありましてね。いまハイペースな理由としては「エッセイ」ものが非常に昔と比べて胸に響く年齢になったということがまず一つ。他人の所感に触れるのは一つの快感。あと「村上春樹」作品の面白さに気づいたのが読む気スイッチを押したきっかけになったのかと。(笑)をつけたくなるくらい、月並みなことかもしれないが、いまの僕にとって、本当に面白い。批評とか評論は個人の趣向、好き嫌いをどのような言葉で連ねるかみたいなところがあるので、書かないし、書くスキルもないけど、「エッセイと村上春樹」みたいな、ある層からは鼻つまみモノなセットが今、自分の中でキテいるのアル。

 

ある日

小学生時代のぼくは結構やんちゃかつ変な子供だった記憶があって、学校が終わってからすぐに野球やら鬼ごっこやらに出かけたり、先生と喧嘩するみたいな面もあれば(まあ、いま思えば喧嘩じゃなくてあしらい)、渡部篤郎に憧れて、無口でクールなのが「マジでイケてるし、女の子からモテるっぽい」と、考える節がありました。ですが、まだ小学生。母親がひらがなで書いた自分の名前が歯ブラシにランドセルに入っているくらいなので、あんな色気と貫禄が出ることはなく、それはそれはモテませんでした。それにあの頃すでに人間社会の怖さ、陰湿さみたいなものを知覚する体験をしています。それはある下校時のこと。僕には一応、一緒に帰る子がいるくらいはコミュニケーション能力が備わっていたみたいで、一緒に学校の近所の坂を下っている時のこと、道にそれは立派なう○こが落ちておりました。ソレは当時の僕らからすると、都知事選くらい話しのネタになる物でした。その日、僕は給食後、歯磨きをしようと思っていたら歯ブラシを忘れておりました。目を凝らしてソレを見てみると、見覚えのある歯ブラシがソレに突き刺さっている。3秒沈黙。それこそ村上春樹的、世界の転換現象に苛まれたのか??まさか・・と、疑うのもつかの間、持ち手の部分に紛れもなくマジックで僕の名前。ああ、なんて人間とは残酷で、生きるとは過酷なことよ、、、と6歳の僕は独り言ちたのでありました。皆さんも歯ブラシの管理には用心していただければと思います。今日の私、いや6歳の私からは以上、です。

 

シャンディガフください

  いつの間にかこのブログも1,000人が閲覧してくれたようで嬉しいデス。1人が1,000回アクセスしたのか、知らない内に僕が1,000回アクセスした可能性もありますが、本当にありがとうございます。

  僕は〇〇に似ているというご意見をよく頂戴します。「星野源さんに似てますね!」「野村萬斎に似てるって言われない??」「矢部太郎やん…」「ハシビロコウ……??(分からない方はググッて下さい)」など、人によって意見は様々です。人間なのか、鳥なのか分からなくて面白いし、有り難いことです。それに端を発して、ここ最近、外見と中身のバランスが取れていないと、非常に生きにくいのではないかということを思います。例えば…僕が星野源さんに似ていると仮定して(星野源さんファンは仕事に戻って下さい)、星野源さんの外見やその才能を期待しつつ、僕を見た時、話した時にあまりの凡庸さに、こいつだめやん…という状況に陥りやすいのではないか。逆に僕をハシビロコウだと思って近づいた人は、日本語でコミュニケーションを取れる時点で感動のあまり嗚咽を漏らすのではないか、と容易に想像がつくでしょう?と思うと、人は見た目が9割みたいな使い古されすぎて苔の生えつつある考えも、あんまり的を得ておらず、時間軸という奥行きを与えてしまうと内面が作用する力は外見よりも重要な気がします。
   その内面も25歳の男なんてのは同世代の女性や先輩方と比べるとほんと薄いんじゃないかと思っています。常々、一部の霊格の高い人を除き男は30歳からが本番なので準備しといてねみたいな持論を持っていて、その持論の下で1日1日頑張っていますが、これがまた満足のいく結果なんてこれまで一度も得たことないのです。非力なので。以上をまとめると、まだまだ頑張っていこうよ、25歳なんて多摩川で喩えると秩父多摩甲斐国立公園あたりですよ、ということになります。

  東京には何を生業にして生きているのか分からない人が多いなと思いつつ、渋谷の交番前の吐瀉物を横目にSuicaをピッ。今日もおつかれさまでした。

大きく息を吸って、手抜き

 1、最近ビジネス書を読むのにハマっておりまして、手に取るのは「アントレなんちゃら」とか「リーダーシップ論」みたいなビジネスマンレベルを底上げするモノではなくて、スピリチュアルし狂ってるんじゃないの、それ・・みたいな胡散臭いものほど個人的にはそそります。(大抵読後はスピリチュアルではないという感想に至る。)

 最近手にしたのは「すごい手抜き」という本でございまして、もうタイトルからして、楽園が見え狂っちゃってるじゃないですか。そんな本を常にエコモード手抜き人間が手にしてしまうから、皮肉なものです。


 2、年齢や経験値の重なりから楽曲の意味合いなんてものも、自分なりに腹落ちするようになるという当たり前のことについて改めて認識します。「夕食の話題でさえ 仕事に汚されていて」なんて歌詞も、小学生が「分かるぅ、分かるぅよ!」とか言っていたら、そいつは地球人ではないと思います。よって、物事が理解る力は知らず知らずに堆積していくのだな、と寝過ごして降りた目白駅のホームで理解りました。


3、「お前は説明する時に要らない情報とか言い訳を言い過ぎだな、、。」とよく仕事中に注意を受けます。でも、そういった一問一答形式は効率すごく良いけど、「人間の生み出す余白とか無駄サイコー!」みたいな人間からしたら全部やりとりメールでいいやんとか思っちゃったり。しかし、ビジネスマンレベル2なのでそういうとこも真摯に受け止めなきゃと思っちゃったり。難しいモノです。しなきゃいけないことを考えると人間不幸になると思っているんですが、大切なことは知らずに意識するので、そういうところはストイックに直していければよいよね。


友人がとあるSNSで「偏差値が5とか10違うと円滑にコミュニケーションが取れないと聞きますけど、僕に彼女も友達もいないのは偏差値が150くらいあるからですかね?」と偏差値12くらいのことを書いていたので笑いました。

豚の寝言

3/30、ふと思い立ってブログというものを開設してみました。過去に友人とふざけて、日記みたいなものを公開していましたがそれはまさに便所の落書きで本格的にこう記すのは初めての試みです。

なんでこんなブログなんか開設したん??というと日常を生きている中でぼやーっと思っていることや何かに触れたり、感じたりしたときにわいてくる考えは僕の場合、大抵、その日の内に頭から消えてしまっていますが、それって意外と記したりすると面白いんちゃうん?と、近頃、いつかブログ始めてみたいなあと思っていました。で、重い腰を上げ開設したのがこれです。記す内容も決めていません。日記になるかもしれないし、エッセイになるかもしれないし、取り留めもないことを勢いで記すかもしれないし、、ブタの寝言くらいに思っていただければ十分存在価値があると思っています。


呼吸くらいしかやることねえ〜って時に覗いていただければ。