Humor

ハヤシです。色々その時々書きたいことを書きます。

あるイリノイの春

A(26):男性。大学院生、友人が経営する小料理屋の手伝う。趣味はサーフィン、読書。

 

B(23):女性。フリーター。先日、実家で飼っていた愛猫が亡くなる。将来の夢は脚本家。

 

午後2時45分、AとBは喫茶店「イリノイ」で談笑している。

 

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A「君は今日本当に元気がない。」

 

B「当たり前でしょ。何もかもが嫌になっているのよ。本当だったら、家で不貞寝していたいくらいだわ。」

 

A「でも、仕方ない。どうしてもここのオムライスが食べたかったんだ。」

 

B「私は食欲もないわ。どうせならこの国から飛び出して何も考えずにどこか知らない街を歩いていたい気分よ。」

 

A「にしても、平日だというのになんだいこの街の混み具合は。」

 

B「近くの神社で催事をしているみたいよ。子供連れもやけに多い。」

 

A「どうやらこの地区の人は暮らしに余裕が溢れているね。」

 

B「私たちと正反対ね。」

 

A「"たち"ってなんだ。"たち"って。」

 

B(なにも言わず窓の外に視線をやる。)

 

A「不幸を一手に引き受けたみたいな態度はこの店に似つかわしくない。」

 

B「歳を重ねるにつれて鬱屈な出来事に心が引き込まれていく感覚ってない?」

 

A「僕は小さい頃からその感覚はあるね。」

 

B「年々強くならないの?」

 

A「堰き止めているんだ。心の中に高い壁を設けるんだよ。」

 

B「物事に鈍感になるってこと?」

 

A「ある意味。」

 

B「そんなので守れているという気持ちになるほど私は単純ではないわ。鈍くなることは私の道義に反する。この店で安直にオムライスを頼むのと一緒よ。」

 

A(黙って携帯を取り出す。)

 

B「引き込まれるのが怖いのよ。今年で私も二十四歳。所帯を持ってもおかしくない年齢だわ。仮に倍の四十八になった時にどんな心の持ちようになっているのかしら。考えただけでも震えてしまうわ。世間の人はどう耐えているのかしら。」

 

A「暗い部屋で閉じこもってる気分なのかな?」

 

B「いいえ、無くなるのよ。自分が。この世から。段々と。」

 

A「冷蔵庫の中のショートケーキのように。」

 

B「銀行の貸金庫の中の宝石のように。」

 

A「喩え話が君は上手い。それだけで全然やっていけるじゃない。あっ、すみません。コーヒーのお代わりをください。」

 

B「もう4杯目じゃない。そんなにカフェインにまみれてどうなりたいわけ?」

 

A「年収700万、かわいい奥さんと犬、ある程度の車を維持するビジネスマン。」

 

B「馬鹿みたい。」

 

A「こう見えてそれは非常に高難度な将来像なんだ。理解されない人にはどうでもいい話だよ。」

 

B「ねえ、本当にそんなモノになりたいの?」

 

A「明日には違うことを言っているかもしれない、サックス奏者とか数学の教師とか。日々変わるのが自然だよ、人間なんて。」

 

B「つかみどころが無い人。」

 

A「お互い様だよ。」

 

B「そろそろ次の予定があるから私はもう出るけど?」

 

A「彼氏が迎えにくるんだよね?」

 

B「ええ、あの対向車線に停まってる赤い車。あれに乗るの。」

 

A「見るからにご身分の高い人間の乗る車だな。」

 

B「臑齧りの何が身分が高いのかしら。一種の才能ではあるけれど。」

 

A「才能に溢れた人には人間が集まるんだ。」

 

B「いいえ、孤独な人も多いはずよ。現にあの人も孤独だわ。私が世話しないと猿より生活力が乏しいはずよ。」

 

A「じゃあ何に惚れているんだ、いったい。」

 

B「ある意味で私も借りているのよ。臑をね。」

 

A「いま僕に必要なのはそういった止まり木なのかもしれない。」

 

B「壁作ってる場合じゃないわね。活動的にならないと見つからないわ。」

 

A「あの人を待たせている。君はもう早く行ったほうがいい。ここは僕が払っておくから。」

 

B「さようなら、また来週。」

 

A「来週には夢の溢れた将来像をお届けできるように努力するよ。」

 

B「じゃあ。」

 

A「じゃあ。」

 

AとBは別れる。いつの間にか店は閑散としている。ある4月の晴れた日の一幕だった。