パーティ

 私はラップトップの前でマフィンを頬張っている。隣には書類が山積みになっており、どれだけ指先を動かそうとも仕事は減ってくれない。埃は溜まっているし、あらゆる物が散らかっている。近頃は掃除ができていない。窓の外は国営の公園が広がっており、近隣住民が各々の時間を過ごしている。キャッチボールをする少年、寝転んでいるカップル、新聞を広げている背広姿の男。

 先日、道端で猫を拾った。大通りから1本入った細い路地で猫が横たわっていた。猫は頭部にひどい怪我を負っており、泥と自分の血が固まり、黒い塊に見えた。その猫を抱きかかえ、バスルームに連れこむと身体を綺麗に洗い流してやり、息絶えてしまいそうな状態の猫を近くの病院に連れて行った。顎から頭部にかけ、深い怪我を負っていたが、医師の賢明な治療により少しずつ回復していった。その後、私は自身のSNSでその猫の里親を募り、40代の女性の元へと猫を送り届けた。先週に届いた彼女からの手紙には、あなたが繋げてくれた猫のおかげで生活、人生の意味を考え直しているという旨が書かれていた。

 外は雲行きが怪しくなり、小雨が降りだしてきた。朝干した洗濯物を取り込まないとまた洗濯機を回すハメになる。私はヘッドホンをしながら洗濯物を取り込むと決めている。どんな気候にもどんな気分の時にも邪魔にならない音楽を。建物の前に広がる公園にはもう人はおらず、昼過ぎの活況もどこかに身を潜めてしまった。

 故郷はいま住んでいる東部ではなく、もう少し人の手がかかっていない西部地方だ。学生時代まで田舎での生活を過ごし、家具のデザイナーを志してから、東部で見習いの仕事に就いた。東部での生活はかれこれ15年になる。この15年で様々な経験をした。妹の結婚式、ペットの脱走、恋人の裏切り、親友の死。いまではそれが全て一つの劇だったように思えてしまう。東部の無味乾燥な生活は、一歩引いた視点を身に着けるに最適だった。私はそんな劇的でもない私をもう少し生きていきたいと思っているようだった。