Humor

ハヤシです。色々その時々書きたいことを書きます。

不慣れなあの子

あまりにも感動してしまうことが

数時間前に起こってしまい、

心の整理がつかないので

これは記さないといけない!!

という半ば義務感で書いている。

 

私は今日、朝から打ち合わせの連続。

クライアントに提案を2本、

赤坂に移動し、最後は古巣の

(とはいっても、半年前までは

毎日のように通っていた)秋葉原で、、、

という過密なスケジュール。

天気もすっきりせず、そのスケジュールも

相まって心の中も天気に同調するように晴れないままだった。

 

事件はその秋葉原で起こる。

私は秋葉原で何をしたかというと、

あるアイドルグループのローンチイベントが

行われるという情報を得たので、

そのイベント観覧をしなければいけなかったのである。

 

私がいまの勤めている会社で行っているのは

社内全体のリソースを用いた「広告営業」である。

女性誌、音楽、アニメ、テレビ、webメディアと

幅広い分野を稼働しているので、

ある時はカメラの展示会、

ある時はアニメのイベントにと、

まさに「ニシヘヒガシヘ」と日々動き回っている。

 

今日のイベントはスマホゲームから端を発しており、

作品上のアイドルグループの声優をやっている

女の子5人が実際にグループ活動を始めるというものだった

それだけだと全くこちらとしては商材にならないという判断になるのだが、

バックには大手ゲームメーカーと

大手音楽レーベルがついていたので、

提案の材料になりえるということで、

観覧に至ったという経緯である。

 

時間は18時。会場には様々なメディア、

媒体の関係者が準備を行っており、

カメラやノートパソコン、メモなど

各々の臨戦態勢を敷いていた。

私と先輩社員の2人は取材のスキルは

持っていないので、名刺のみ準備しておけばよい。

仕事は果たしたので、

あとは静かにイベントを眺め、立ち去る算段をしていた。

そんな中、メディアの囲み取材が始まった。

簡単なSEの後にアイドルたちが登壇する。

「ん・・・!」、顔を眺める。

ふっ・・普通だ!!

格好はいわゆるメイドコスチュームを基点とした、

萌えの要素が入っているものの、

ルックスはアイドルとして「普通」だ!!

(十分に世間では可愛いレベルに達している。)

撮影の後に、質問タイム。

ホコリを被った義務的とも言える質問に

アイドルは全力で応えていく。

そんな中、不慣れで言葉がなかなか出てこない女の子がいた。

それもそのはず、この5人の中、

2人は声優活動を行ったことがなく、

オーディションで選ばれた「素人」なのである。

一番長身である「不慣れなあの子」は

「場に不慣れという個性」を

武器にできている印象もなく、

気の利いたことも言えずにいた。

取材が終わると、一般客が押しかけてきた。

部屋の収容人数は100名ほど。

あっという間に部屋は男臭さで満たされてしまった。

僕らメディア陣は一般客追いやられ、

後方で観劇することとなった。

一番、後方席右端にその場に

似つかわしくない2人が視界に入る。

私は即座に気づいてしまった。

あの不慣れな女の子の親だ、と。

父らしき人物は客を見て、

口を弓なりにして非常に苦い顔をしており、

母らしき人物は客を見て、

ハンカチで口元を押さえ不安そうな顔をして

舞台を見つめていた。

 

イベントがスタートする。

イベントでは2曲、生歌で披露されるという。

この日のためにスクーリングをし、

準備を行ったという情報を伝えられていたものの、

あんな不慣れな受け答えを見てしまうと

こちらが不安で押しつぶされそうだった。

部屋が暗転し、アニメーションが流れる

学園祭、アイドルを目指すといったよくある展開。

楽曲が始まった。

5人が再び登壇し、歌い、踊り始める。

思ったより悪くない。

踊れているし、やはり歌が上手い。

 

その後、一般客向けに自己紹介が始まり、

キャラを模した意気込みが語られる。

メンバーは「一番かわいいアイドルになりますっ!」

とか

「バームクーヘンが大好物ですっ!バームクーヘンちょーだい!」

といったキャラを絡めた自己紹介を難なくやってのけた。

しかし、不慣れなあの子は

「あっ、あの〜〜、これから頑張っていきます!」

というセリフを2回も繰り返してしまった。

メンバーのサポートもあり、

会場は温かい拍手を送っていたが

表情は明らかに緊張は解けていないままであった。

 

2曲目が始まる。少し壮大なPOPなナンバー。

クオリティはやはり高い。

メンバーがそれぞれに全力で歌い上げ、

縦横無尽に踊っていた。

観客もそれぞれ楽しそうだ。

曲が終わる。観客の拍手が辺りに響く。

すると、不慣れなあの子は両手で顔を覆った。

泣いているのだ。

ステージを終えたことで、嬉し泣きをしているのだ。

その場では私は「これ計算だったらすごいっすよね」

という腹黒発言を

先輩社員に言い放って笑いを得たのだが、

心では大泣きしていた。

 

はて、これまで私は仕事で泣いたことがあるだろうか?

記憶の引出しを探ってみたが、見当たらない。

しかし、あの子は涙が抑えきれなくなっている。

全力だったのだ。

舞台は武道館でもドームでもない。

秋葉原ゲーマーズというアニメ作品が

陳列されているただのショップだ。

 

ふと、後ろを振り返る。

その子の父らしき人物はハンカチで目頭をぬぐっていた。

彼女たちは「武道館とかに立ちたい」と言っていた。

とかってなんだよと思ったのだが、

50歩ほど退いたところで気にかけておきたい。

武道館とかに立つその日まで。

言葉と機器

バンドの練習をしていた頃、

歌メロの重要性について

色んな意見が飛び交っておりました。

僕は詞先のバンドの経験がなく、

曲先が良いかは全く判断がつきません。

 

そこで、、、

日本人の歌に集中して曲を聴いてみました。

秀逸な詞がたくさんありますね、改めて。

で、大体、そういう詞の曲はメロも良い。

 

ここ最近聴いていて首を垂れたのは、

GRAPEVINEの「虎を放つ」。

仮に音楽界に芥川賞があれば、

私的にノミネートしたいのが、

GRAPEVINEですね。

 

星は涙になり 空を濡らした

涙は虎になり 放たれた

 

こんな芳醇な表現を読むと、

豊かな気持ちになりますね、、、

 

次に「EVIL EYE」の一節だけども、

 

危機があるから 俺は生まれるぜ

まことしやかな説

Kinky Girl さあ恋は生まれるか

吊り橋にでも出掛けよう

奈良県

 

言葉の抽斗が多いっす。

言葉を楽器として扱っていて、

面白い表現としても成功しておる。

あぁ、文芸作品の域です、、、

 

え?FUJIROCK行きたいね。

という話をしたいだけです。

 

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就活生の相談みたいなものを受けたとき、

エントリーシーの話になったことがあった。

僕はメディア畑の人間になってしまったので、

代理店とかを志望している子の話を

聞くことがあって、

んで、嫌なエントリーシートの設問はなんだ?

と聞かれると、

「廃校を使ったイベントを企画せよ」

だとか

「A4用紙に自分を表現してください」

とかありましたねえ、、と答える。

 

その中でふと思い出したのだが、

「新SNSを企画してください」という

設問がある企業ではあった。

当時、僕はこう答えた。

「すれ違った人間が友達になれるヤツ」

まさに今流行りのッ、、、

出会い系アプリじゃないかッ!!

と、先週カレー屋で叫びそうになった。

その頃の日本でまだ存在していなかったと思うが、、、

提案しても遅かったカモですね。

(捉えようによっちゃmixi

出会い系みたいなもんだったし。)

 

出会い系アプリが台頭してきたことによって、

往年のラブソングが時代に合わなくなってきていると

感じたときには先週のカレー屋と違い、

喫茶店でため息をついたものデス。

 

時代は巡る

いまあるものは古く

ないものが新しく

基準はその人々の頭に

 

ということでしょうか。

ホットソイと叱責

◆季節が夏めいてきました。

つい最近まで寒さで縮んでいた

身体も調子もよくなってきました。

僕は何を書こうか、と電車の中で

考えるのだけど、この気候だと

3歩進むとほぼ覚えていない。

ご機嫌な脳の構造をしています。

 

◆そうそう、つい最近、 仕事を変えたのです。

転職自体は去年の3月から

必ずすると決めていました。

 

1.居住地を変える

(出費のインパクトを抑えるため)

2.仕事を変える

(興味のある分野に進むため)

 

これらを去年中に行うはずだったのですが、

後手後手になってしまい、

ようやくこの4月に完遂させました。

 

新卒のカードを切って入った会社だし、

特別なスキルを持っている訳ではないので、

それなりにリスキーな選択でした。

が、ずるずると不満を抱えたまま

20代を消費する必要も全くないなという

ただ一つの理由で活動を開始しました。

 

◆それなりに反対もありました。

そんなのやってみて判断すりゃいいことで、

失業保険など制度の整った恵まれた国なので

死ぬこともありませんし、

なんも心配してませんでした。

 

金融機関に曲りなりにも勤めていた

人間としてアドバイスすると、

・注意力散漫な人

・人の好き嫌いが激しい

・コロコロと興味の対象が変わる

上記に一つでも当てはまると

難しいのかなあと思います。

 

◆勤めていたことで得られた力もあります。

①批判的になれる

マイナスっぽい書き方ですが、

全然そんなことありません。

めっちゃ必要なことだと思います。

まず無思考な人に批判することは無理です。

本当かな?という疑念を持って物事にあたる。

この能力がめちゃくちゃ鍛えられます。

僕みたいな単純な人間は

思考プロセスを幾重にも張ることが重要です。

 

②社会人マナーを効率よく身に着けられる

これは言わずもがなで、

金融機関で勤めるということは

サラリーマンの極北に身を置くことなので、

マナーをそれなりに求められるということは

想像に難くないでしょう。

 

③物事細かくなる

フォント不整合、日本語の違いに対して

ものすごく細かくなります。

神経質じゃねえか、

と嫌厭されるかもしれないですが、

意外と身に付けといてよかったなと思います。

クオリティってどこで判断されるか

わからないので、この力が

いつ生きてくるかわかりません。

 

どんな環境にいても、なにを得るかは

その人次第。

僕はそのまま惰性で生きていたら

得られないコトを

前の会社で勉強させていただきました。

非常にいい環境でしたし、感謝おりますゼ。

Guomundsdottir

母親がよく車で「米米CLUB」、「山下達郎」を流していました。

なので音楽に触れる場面は並にあったのですが、

本当に音楽を意識して聞き始めたのは、当時「Viewsic」(今のM-ON TV)で

くるり」の「ワールドエンド・スーパーノヴァ」という曲の

MVでボーカルの岸田繁がスローモーション伸脚運動のような

動きをしているのを観たことに依ります。

僕はそのMVに衝撃を受けて、坂を下った所にある

TSUTAYAにお小遣いの大半を握りしめて

CDを購入した覚えがあります。

そのカップリングに入っている、レイハラカミの「ばらの花」

ワンダーフォーゲル」のリミックスも全て小学6年生だった

僕の耳には新鮮に入り込んできました。

 

その後、僕は間髪入れずに「スーパーカー」の

「Recreation」のMVを目にします。

構成はシンプルなのですが、あのボーカルとギターの音に

夢中になりました。中古CDで探し当て、210円で購入。

擦り切れるほどに聞き込みました。

 

その後、中学に上がり、ドラマ「天体観測」を目にします。

「あっ!そいやあBUMP OF CHICKENっておるな〜。

木星のジャケのCDあったよな?聴きたい!」

と思い、またもやCDを買いに最寄りのGEOへ。

これが基になり、バンプのコピーバンドを組むことに。

お前はドラムやれと言われ、3日間だけ練習をして

文化祭に出たのも良い思い出です。

 

中3では友人が東京で「the band apart」の

quake and brook」をジャケ買い。(いいセンスをしているナ)

このアルバムが僕に与えた影響は本当に大きく、

こういうバンドを俺は組むんだ!とずっと思っていました。

友人に対抗して「K.and his bike」を購入。

 

大学ではエモとかマスロックに傾倒します。

・American Football

・Algernon Cadwallader

・Adbisi shank

いろんなバンドの音源を聴きました。

 

こう書き上げるとなんでも歴史があるのねと再認識。

広く浅くなのでそんな語るほどでもないのですが。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「LA LA LAND」を観た。

観たあと心温かくなったのですが、みんなはいかがですか。

(僕の周りでは悲しいヨとか喪失感を感じたヨ

とかいう感想で溢れています。そうではないと思ったのですが、、、)

行方、またその顛末について

 

季節は春、3月に差しかかろうとしています。

寒さが身を縮める場面が多くなってきました。

これから段々と暖かな陽が射す日が多くなると、

嬉しくも悲しくもあります。

未だに和暦で問われると、

平成2・・・何年だっけとなることがありますが

もう50日以上も平成29年を過ごしているのですね。

 

 

守っている信条は人それぞれあるでしょう。

「一期一会」や「人に嘘をつかない」だったり。

それはそれぞれに良いと思うし、

人様に迷惑をかけなければ、

どういう考えを持っても、

別に否定する筋合いは他人にあると思いません。

(ここらへんは母の教え)

 

いまスタバにいるんですが、

自分の信条をコーヒーを飲みながらざっと洗い出してみると、、

⒈考えは流動的

⒉自分の器が基準

⒊ずっと正直でブレないのは書物くらい

くらいなもんかな、と。

 

⒈考えは流動的

自分もそうなんですが、人間、

考えがずーっと変わらないわけないんです。

だから、絶対そうだよ、

100%こうだよという物言いに僕は違和感を感じざるえません。

そういう言い方をするなら、

先頭に「現時点では」、結びに「こう思う。」

を心の中でも良いので言うスタンスでいるべきだと思います。

押し付けがましいから。

(でも押し付けがましくない人っていますよね、

あれ、羨ましい能力だなあ〜。)

でも、考えを表明することはコミュニケーション上、

絶対に必要なので、どんどんするべきだと思います。

(僕は出来ていないけど)

 

昨日までAちゃんが好きだったのに、

次の日は中条あやみちゃんが好きなときとか

あるじゃないですか。

 

⒉自分の器が基準

理解が出来ない人や現象に会ったときは、

受け入れる器が自分に無いからだっていう風に

考えるようにしています。

相手が出す液体を受け入れる容器が自分の手持ちに無い、と。

そういう風に考えるとストレスも減るし、

他人を矯正しようみたいな考えも無くなるので。

相手に合わせた容器を作るか、

不要と判断するかはその人が時間作って、

ゆっくり考えればいいと思います。

 

⒊ずっと正直でブレないのは書物くらい

これって⒈と通じるのかもしれないのですが、

人間の言うことを100%受け入れることはあんまりないです。

無思考に全部取り入れることは絶対しないです。

「なんだそれ、当たり前だろ」と思われるでしょうが、

僕はここまでくるのに、静かに凄く苦労しました。

事実、18歳くらいまでは他人の生き方をトレースするしかなかった。

でも、僕は書物や作品に対してはワキが甘い。笑

優秀な人が作ったモノを優秀な人が校正している。

プロ同士が手を組んで、世に考えや作品を輩出している。

考えに良し悪しはあるので、すこーしフィルタは

かけるべきでしょうが、

僕では考えが至らないので、作品を読んだり、

見たりして感じたことは覚えられる限りは

抽斗に入れていこうと考えています。

 

無意識に思っていることはもっと多くあるかもしれないけど、とりあえず。

 

 

1年半ほど抱えていた悩みに

ひとまず終止符を打ったと思ったら、

また新しい悩みを抱えてしまった。

分かっていたことなのに。

でも、どこかそれを望んでいたフシが

あるのかもしれない。

 

 

 

ブーランジェリーに死す

 ふと前を向いてみると1月が完全に終わりを告げました。つい最近、実家近くの神社でお参りをしていた気がします。そういえば昨年は色々ありました。自分の将来について、結構思い悩みました。(体感この悩みは3年ローテくらいでくる。)もう来世はコアラにでもなって寝てえ〜と、街中で考えていたら女子高生とぶつかってしまいました。

 

 一年前、仕事を変えようと思い立って、職務経歴書を書きました。あれは自分の過去やってきた仕事の概略、身につけたスキル、自己PRなどを記す自己紹介の書面なのですが、最近ふと見返してみました、すると、想像以上に文章がひどくて。曲がりなりにも文学部を卒業していますが、何も学んでないことが如実に分かる文章。あまりの衝撃に脳内では鬼束ちひろが「月光」を歌い出す始末。こんなものの為に生まれたんじゃない。しかし、考えてみるとその至らなさに気づけたのも、この一年で成長したからに違いないのですが。(こう思うと、1年先の自分が今の自分に失望して、鬼束ちひろの流星群を脳内で熱唱する可能性が有る。)

 

 日本語は本当に難しい言語です。26年も生きてきて、使いこなせた実感がないです。適当に話を合わせてみたり、詩的な表現を出してみてとか言われれば、そら簡単に出ますよ。真剣に考えて、自分の思いを伝えることが難しい。考えてない、中空にある言葉を発すること、何かの引用なら脊髄反射で出来ますから。自分のこともよく掴めていないのに、言葉に出すのは至難のワザですね。

 

 で、意外と考慮に考慮を重ねて、いざ発してみる言葉が全然面白くない。そういうものです。

 

 でも、自分の評価も案外アテにならないもので、自分の基準なんかあったらいかんのやないの?と思うことが多々あります。大体、自分の基準に照らして先のことを予期してみたりしても、外れることばかり。世の中わかりきったことばかりじゃ面白くないですもんね。

 

 このブログも自分の基準で人が見やすいようにエッセイとブログの中間地点を探しつつ記していたのですが、見ている人とは「見にくい・・・(相手)」「えっ?あっ(私)」「見にくい・・・(相手)」という感じのやりとりしかできないです。この問題に対しては文量を短くするか、アイドルのアメーバブログくらいの多大な行間を使って物事を記すしか、今のところ打開策が見つからないです。人生は単純に見えて複雑ですね。

あるイリノイの春

A(26):男性。大学院生、友人が経営する小料理屋の手伝う。趣味はサーフィン、読書。

 

B(23):女性。フリーター。先日、実家で飼っていた愛猫が亡くなる。将来の夢は脚本家。

 

午後2時45分、AとBは喫茶店「イリノイ」で談笑している。

 

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A「君は今日本当に元気がない。」

 

B「当たり前でしょ。何もかもが嫌になっているのよ。本当だったら、家で不貞寝していたいくらいだわ。」

 

A「でも、仕方ない。どうしてもここのオムライスが食べたかったんだ。」

 

B「私は食欲もないわ。どうせならこの国から飛び出して何も考えずにどこか知らない街を歩いていたい気分よ。」

 

A「にしても、平日だというのになんだいこの街の混み具合は。」

 

B「近くの神社で催事をしているみたいよ。子供連れもやけに多い。」

 

A「どうやらこの地区の人は暮らしに余裕が溢れているね。」

 

B「私たちと正反対ね。」

 

A「"たち"ってなんだ。"たち"って。」

 

B(なにも言わず窓の外に視線をやる。)

 

A「不幸を一手に引き受けたみたいな態度はこの店に似つかわしくない。」

 

B「歳を重ねるにつれて鬱屈な出来事に心が引き込まれていく感覚ってない?」

 

A「僕は小さい頃からその感覚はあるね。」

 

B「年々強くならないの?」

 

A「堰き止めているんだ。心の中に高い壁を設けるんだよ。」

 

B「物事に鈍感になるってこと?」

 

A「ある意味。」

 

B「そんなので守れているという気持ちになるほど私は単純ではないわ。鈍くなることは私の道義に反する。この店で安直にオムライスを頼むのと一緒よ。」

 

A(黙って携帯を取り出す。)

 

B「引き込まれるのが怖いのよ。今年で私も二十四歳。所帯を持ってもおかしくない年齢だわ。仮に倍の四十八になった時にどんな心の持ちようになっているのかしら。考えただけでも震えてしまうわ。世間の人はどう耐えているのかしら。」

 

A「暗い部屋で閉じこもってる気分なのかな?」

 

B「いいえ、無くなるのよ。自分が。この世から。段々と。」

 

A「冷蔵庫の中のショートケーキのように。」

 

B「銀行の貸金庫の中の宝石のように。」

 

A「喩え話が君は上手い。それだけで全然やっていけるじゃない。あっ、すみません。コーヒーのお代わりをください。」

 

B「もう4杯目じゃない。そんなにカフェインにまみれてどうなりたいわけ?」

 

A「年収700万、かわいい奥さんと犬、ある程度の車を維持するビジネスマン。」

 

B「馬鹿みたい。」

 

A「こう見えてそれは非常に高難度な将来像なんだ。理解されない人にはどうでもいい話だよ。」

 

B「ねえ、本当にそんなモノになりたいの?」

 

A「明日には違うことを言っているかもしれない、サックス奏者とか数学の教師とか。日々変わるのが自然だよ、人間なんて。」

 

B「つかみどころが無い人。」

 

A「お互い様だよ。」

 

B「そろそろ次の予定があるから私はもう出るけど?」

 

A「彼氏が迎えにくるんだよね?」

 

B「ええ、あの対向車線に停まってる赤い車。あれに乗るの。」

 

A「見るからにご身分の高い人間の乗る車だな。」

 

B「臑齧りの何が身分が高いのかしら。一種の才能ではあるけれど。」

 

A「才能に溢れた人には人間が集まるんだ。」

 

B「いいえ、孤独な人も多いはずよ。現にあの人も孤独だわ。私が世話しないと猿より生活力が乏しいはずよ。」

 

A「じゃあ何に惚れているんだ、いったい。」

 

B「ある意味で私も借りているのよ。臑をね。」

 

A「いま僕に必要なのはそういった止まり木なのかもしれない。」

 

B「壁作ってる場合じゃないわね。活動的にならないと見つからないわ。」

 

A「あの人を待たせている。君はもう早く行ったほうがいい。ここは僕が払っておくから。」

 

B「さようなら、また来週。」

 

A「来週には夢の溢れた将来像をお届けできるように努力するよ。」

 

B「じゃあ。」

 

A「じゃあ。」

 

AとBは別れる。いつの間にか店は閑散としている。ある4月の晴れた日の一幕だった。